若手の翻訳者が能力不足を悩んでいる

2011.08.05

若手の翻訳者が能力不足を悩んでいるとき、たいていの場合は翻訳者として経験を積み、円熟してきた証拠だと思っていい。翻訳学習者と比較してみれば、この点がよく理解されるはずである。翻訳学習者のかなりの部分は「得意な語学力」を活かせる仕事として翻訳にあこがれでいる。「語学力」は十分にあると考えている。ところが実際には、英文を誤解することなく読む能力が十分にある翻訳学習者はまずいない。翻訳学習者の多くは、自信をもってはいけない部分に自信をもっているといえる。これでは上達するはずがない。そして、若手翻訳者と翻訳学習者を比較すれば、英文を読む能力の点で天地の開きがあるのが普通だ。力がはるかに高くなっているのに、能力不足に悩んでいる。だから、能力不足を悩むようになれば、翻訳者として経験を積み、円熟してきた証拠だといえる。しかし、翻訳にあたって自分に何かが不足していることを思い知らされたとき、その何かを「能力」だと考えていては、親を恨むか、DNA療法の飛躍的な進歩に期待をかけるしか方法はなくなる。不足しているのは、たいていの場合、もっと具体的な何かである。たとえば、文章力が不足しているというとき、実際にぶつかっている問題は、原文のある表現で原著者が伝えようとしていることを日本語で伝えるために必要な言葉や表現であるのが通常だ。