平安時代、美貌は前世の善業の報いという仏教思想や、ミカドを生んだ母方が権力を握る外戚政治などの影響で、美の価値、とりわけ美女の価値が、高騰していたことは再三述べてきた。では具体的にどんな女性が理想的な美女と考えられていたのか。理想の美女とはどのような容姿の持ち主だったのだろう。平安古典文学の美女の形容はしかし、「花のよう」とか「絵に描いたよう」といった曖昧な表現であることが多い。それは当時の美女の条件として「身分が高い」というのがひとつあって、しかも当時の高貴な女性は人前にめったに姿を見せなかったので、あえて詳細な容貌描写をしないことが、その女性の高貴さを、つまりは美しさを表現することになったというのが、理由に挙げられると私は考えている。たとえば『源氏物語』の藤壷は光源氏の永遠の思われ人だが、その容貌は、「髪の生え具合、頭の形、髪の垂れかかるさま、際限もないつややかさが、ひたすら、かの紫の上と違うところとてない」
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